「性格特性から考える営業組織のこれから」 ~ビッグファイブ理論が示す組織変革の方向性~
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はじめに
企業と顧客をつなぐ役割を担う営業部門の重要性は、近年さらに高まっています。人と人とのつながりを築く営業の役割は、デジタル化が進む現代でも欠かせません。
「人生100年時代」を迎え、働き方も大きく変化しています。若い世代を中心に、仕事と生活の調和を重視する考え方が広がる中、営業の現場でも新しいスタイルが求められるようになっています。特に、データ分析やデジタルツールを活用した営業手法が増えてきました。こうした変化の中で、「良い営業担当者とは何か」を改めて問い直すことが求められています。
本コラムでは、セールスパーソンの資質について、心理学の「ビッグファイブ性格特性」という理論を使って分析した結果をご紹介します。この分析結果をもとに、営業DX時代に求められる資質や、ビッグファイブを活用した営業組織のマネジメントについて考察します。
本コラムが、セールスパーソンの育成や営業組織のマネジメントの一助となれば幸いです。
ビッグファイブ性格特性とは
ビッグファイブ性格特性とは、人の性格を5つの要素で説明する理論です。この理論の研究は1930年代に始まり、1980年代以降に再び注目されるようになりました。5つの特性は以下の通りです。
開放性:新しい経験や考えに対してオープンな傾向を示します。文化的、芸術的活動への関心の高さや、新規なアイデアへの対応にも表れます。変化を受け入れ、新しい環境への適応が得意な人は、この特性が高いとされています。
誠実性:計画性があり、責任感が強く、勤勉な傾向を示します。目標達成への意欲が高く、自己管理能力に優れています。組織のルールや規範を遵守し、着実に業務を遂行する人は、この特性が高いと考えられます。
外向性:社交的でエネルギッシュな傾向を示します。他人との交流を好み、刺激を求める傾向があります。チームを鼓舞し、活気をもたらす役割を担える人は、この特性が高いとされています。
調和性:他人に対して思いやりがある協調的な傾向を示します。他人の感情やニーズを理解し、協力的な関係を築くことができます。対立を避け、穏やかな環境を維持しようとする人は、この特性が高いと考えられます。
神経質傾向:不安やストレスを感じやすい傾向を示します。批判や失敗に敏感で、ネガティブな感情に陥りやすい面があります。ただし、慎重でリスクを回避する能力に優れているとも言えます。
研究結果から見えてきたセールスパーソンの特徴
今回の研究では、セールスパーソン(情報・サービス財のB2B営業)、大学教員(日米)、大学生(都内私立大学)の3グループに対してビッグファイブに関する質問への回答を収集し、その結果の比較分析を行いました。その結果、以下のような興味深い発見がありました。
開放性については、セールスパーソンは大学教員より有意に低く、大学生と同程度の結果となりました。この結果は、セールスパーソンが新しい経験や抽象的な概念よりも、現実的で具体的なアプローチを好む傾向があることを示しています。これは、営業の現場では、抽象的な話題よりも具体的な商談が重視されることを反映しているのでしょう。
誠実性については、セールスパーソンは大学教員よりもやや低く、大学生よりも高い傾向を示しました。ただし、これらの差は統計的に有意ではありません。このことから、セールスパーソンは中程度の誠実性を持つと考えられます。また、約束や計画に固執するよりも、状況に応じた柔軟な対応が求められます。これは、営業の現場で「臨機応変さ」が重要なスキルであることを示唆しています。
調和性については、セールスパーソンは大学教員と同程度の高さを示し、大学生より有意に高い結果となりました。この結果は、セールスパーソンが対人関係を重視し、良好な人間関係を構築する能力を持っていることを示唆しています。特に今回の調査対象となった情報・サービス財のB2B営業では、顧客との良好な関係構築が重要です。これは、近年の「顧客志向」や「価値共創」という考え方とも合致します。
神経質傾向については、セールスパーソンは大学教員より有意に高い結果となりました。これは営業活動における顧客対応やノルマへのプレッシャーが影響している可能性があります。この特性は、慎重さや注意深さにもつながります。顧客との関係において、細かな配慮が必要な場面も多い営業活動では、むしろポジティブに働く可能性もあります。
最後に、外向性についてですが、興味深い傾向が見られました。セールスパーソンの外向性スコアは、他の2グループと比べて最も高い値を示しましたが、統計的には有意な差が認められませんでした。この結果は、営業職には一定の外向性が求められるものの、決定的な要素ではなく、他の性格特性(調和性や誠実性)も重要であることを示唆しています。
これらの結果から、セールスパーソンの特徴として、高い外向性、比較的高い神経質傾向と調和性、中程度の誠実性、そして大学教員より低い開放性という傾向が浮かび上がってきました。これらの特徴は、日々の営業活動におけるストレス管理や対人関係の構築、業務遂行における現実的なアプローチと関連している可能性があります。このような性格特性の理解は、人材配置や育成方針の検討の際に参考になるものと考えられます。
営業DXの進展とビッグファイブ性格特性の関係
営業DXの進展に伴い、セールスパーソンに求められる性格特性のバランスも変化していくことが予想されます。今後の営業DXの進展とビッグファイブ性格特性の関係について考えてみましょう。
営業DXの進展に伴い、開放性の重要性はさらに高まると考えられます。営業プロセスの自動化やAIによる顧客分析が進む中、新しいテクノロジーへの適応力が不可欠です。また、従来の営業手法にとらわれず、データドリブンな意思決定を行い、新しい営業スタイルを柔軟に受け入れることも求められます。さらに、データ分析結果を基にした新しい営業アプローチを試す意欲も重要な要素となるでしょう。
次に重要な特性は誠実性です。デジタルツールを継続的・計画的に活用するためには、地道な努力が欠かせません。CRMやSFAへの正確な入力を習慣化することや、データに基づく営業活動の効果検証と改善のPDCAを回すことが必要です。この基盤となるのが誠実性という特性です。
さらに外向性も重要な要素となります。営業のデジタル化が進んでも、顧客との関係構築は依然として重要な課題です。オンラインでのコミュニケーションやリモート商談においても、積極的に会話を展開できる能力が求められます。また、デジタルツールを介した新しい形の営業提案やプレゼンテーションにおいても、この特性は大きな強みとなります。
このように、営業DXの進展に伴い、求められる性格特性のバランスも変化していくことが予想されます。特に、テクノロジーへの適応力を示す開放性と、デジタル時代における新しい形の誠実性が、より重要な要素となっていくでしょう。
ビッグファイブ性格特性の変化
環境の変化に伴って、求められる性格特性が異なっていることがわかりました。それでは、そもそもこのビッグファイブ性格特性は、変化させることが出来るのでしょうか?
性格特性の変化に関する研究から、興味深い知見が得られています。まず、性格特性は一度確立すると固定されるわけではなく、生涯を通じて変化し続けることが明らかになっています。特に、誠実性や調和性といった特性は、成人期に入ってからも徐々に増加する傾向があります。
ただし、こうした変化のパターンには個人差があります。すべての人が同じように変化するわけではなく、その人の生活経験や置かれた環境によって、変化の度合いや方向性が異なってきます。つまり、環境要因が性格特性の変化に大きな影響を与えているのです。
では、意図的に性格特性を変えることは可能なのでしょうか。研究によれば、性格特性は生涯を通じて変化する傾向があるものの、その変化は個人の経験や環境に大きく依存します。一方で、短期間で性格そのものを大きく変えるのは難しいですが、行動を変えることで、結果として性格特性の変化を促すことが可能です。特定の性格特性を強化したい場合は、その特性に関連する行動を意識的に実践することで、徐々に変化を促すことができます。
また、自分の性格特性に合った環境を選択したり、新しい経験を積極的に求めたりすることで、性格特性に影響を与えることも可能です。ただし、これには時間がかかります。短期的な変化を期待するのではなく、長期的な視点で取り組むことが重要です。
これからの営業組織のあり方
上記の性格特性の変化の可能性は、今後の組織のあり方にも影響するでしょう。営業組織のマネジメントでは、個人の性格特性を固定的なものとせず、変化の可能性を前提とした体制作りが重要です。
特に開放性と神経質傾向は比較的変化しやすい特性とされています。新しいテクノロジーへの適応力を示す開放性は、継続的な学習機会の提供やメンタリング制度の充実を通じて向上させることができます。また、ストレス耐性に関わる神経質傾向も、適切な環境整備により改善が期待できます。
一方、外向性、調和性、誠実性といった比較的安定的な特性については、無理な変化を求めるのではなく、その特性を活かした役割分担を検討すべきです。例えば、外向性の高いメンバーに対面営業を、調和性の高いメンバーにチームビルディングを、誠実性の高いメンバーにプロジェクト管理を任せるなど、柔軟な組織設計が効果的です。
これらの取り組みと並行して、働き方改革の推進も不可欠です。労働時間の適正化やリモートワークの導入により、個々の特性に合った働き方が実現できます。さらに、チーム営業の促進やナレッジ共有の仕組みを整えることで、個人の特性を組織の強みに転換することが可能になります。
このように、性格特性の可変性を理解した上で、個人の特性と組織のニーズをバランスよく調整し、新しい時代に適応した組織文化を構築していくことが、これからの営業組織には求められます。
おわりに
営業組織のデジタル化に伴い、セールスパーソンに求められる資質も変化しています。本コラムでは、心理学の「ビッグファイブ性格特性」理論を用いて、セールスパーソンの資質について考察しました。
営業のあり方が変化する中で、新しい技術やツールに対応する柔軟な姿勢が、今後の営業活動において役立つ場面が増えていくと考えられます。また、セールスパーソンそれぞれの性格特性を活かしながら、自分に合ったスタイルで適応していくことも重要になるでしょう。
これからの営業組織には、個々の性格特性を理解し、それを最大限に活かす仕組みを整えることが求められます。柔軟な組織づくりこそが、営業組織の成功の鍵となるでしょう。
本コラムは、以下の論文をもとに作成しています。
-北中英明、「セールスパーソンの業績と非認知能力についての研究」(研究ノート)、『経営経理研究(拓殖大学)』、Vol.119、2021/3、pp.89-115
著者:北中 英明(Hideaki Kitanaka) 拓殖大学 商学部 教授 |
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